大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 平成9年(ワ)357号 判決

原告

原澤明子

ほか五名

被告

吉武直人

主文

一  被告は、原告原澤明子に対し、金五〇一四万三六一八円、原告原澤知子、同原澤佳子及び同原澤郁恵に対し、各金一五九八万一二〇六円、原告原澤光次及び同原澤ツネに対し、各金一六〇万円並びにこれらに対する平成八年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告原澤明子に対し、金五一七五万九三六二円、原告原澤知子、同原澤佳子及び同原澤郁恵に対し、各金一六六八万六四五四円、原告原澤光次及び同原澤ツネに対し、各金三三〇万円並びにこれらに対する平成八年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等(末尾掲記の証拠により容易に認定できる事実を含む。)

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成八年三月五日午後六時一〇分ころ

(二) 場所 群馬県利根郡月夜野町大字下津四五六番地三〇先国道一七号線、通称月夜野大橋上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(袖ケ浦三三ろ八七九一号)

運転者 被告

(四) 被害車 普通乗用自動車(群五九ぬ一〇六三号)

運転者 亡原澤透(以下「亡透」という。)

(五) 態様 被告は、加害車を運転して本件事故現場を新治村方面から沼田市方面に向けて走行中、当時、本件事故現場は約一〇〇分の九の下り勾配であり、折から降雪中で路面には約七センチメートルの積雪があったのであるから、自車を滑走させることのないようにするため、速度を十分に落として慎重かつ確実な運転操作を行って事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠りタイヤチェーンを装着せず、ノーマルタイヤのまま漫然時速約六〇キロメートルの速度で進行したため、自車を滑走させ、狼狽の余り、左右に転把するなどしたが及ばず、自車を対向車線上に進入させ、対面進行してきた亡透運転の被害車の前部に自車左前部を衝突させた。

(甲一六の1ないし13、弁論の全趣旨)

2  責任

被告は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

(争いない)

3  相続等

亡透は、本件事故により胸部大動脈破裂の傷害を受け、出血性ショックにより数秒後に死亡し、原告原澤明子(以下「原告明子」という。)は同人の妻として、原告原澤知子、同原澤佳子及び同原澤郁恵(以下「原告知子ら」という。)は同人の子らとして、それぞれ法定相続分に従って亡透の権利義務を承継した。

(争いない)

二  原告らの主張

1  逸失利益

(一) 給与収入等 五〇六六万九〇一三円

亡透は、昭和五三年一月一日から水上月夜野新治衛生施設組合(以下「施設組合」という。)に主事補として勤務していたものであり、本件事故に遇わなければ、満六〇歳に達した後の年度末である平成二三年三月三一日まで同組合に勤務することができ、別表(1)の年間支給総額欄記載のとおりの給与収入のほか、毎年二六万五二〇〇円の農業収入を得ることができたのであるから、生活費三割を控除し、新ホフマン係数により中間利息を控除すると、本件事故当時における原価は、五〇六六万九〇一三円となる。

(二) 退職手当差額金 七八二万九三〇〇円

亡透は、平成二三年三月三一日まで施設組合に勤務すれば、退職手当として、別表(2)記載のとおり二二八七万四九四〇円の支給を受けられるところ、本件事故による死亡退職により五二四万一四四〇円の支給を受けたので、その差額が逸失利益となる。

(三) 退職後の収入等 八六二万〇四一二円

亡透は、定年退職後の平成二三年四月から満六七歳に達するまでの七年間は稼働することができたはずであり、その間に、満六一歳の男子労働者の平均給与額四四二万四四〇〇円の収入を得ることができたから、右期間の生活費として三割を控除し、ライプニッツ係数により中間利息を控除すると、本件事故当時における原価は、八六二万〇四一二円となる。

2  慰謝料

本件は、被告の非常識な運転行為が招いた悲惨極まりない事故であり、残された妻子や両親である原告らの受けた精神的な苦痛は極めて大きく、これを慰謝するには、原告明子につき一二〇〇万円、原告知子らにつき各四〇〇万円、原告原澤光次、同原澤ツネ(以下「原告光次ら」という。)らにつき各三〇〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円

原告明子は、亡透の葬儀を施行し、一五〇万円を出捐した。

4  弁護士費用

弁護士費用については、原告明子につき四七〇万円、原告知子らにつき各一五〇万円、原告光次らにつき各三〇万円が相当である。

三  被告の主張

仮に亡透の逸失利益を算定するに当たり、定期昇給を考慮するとすれば、その間の社会保険料や源泉徴収税額を控除するほか、中間利息の控除につき、ライプニッツ係数を採用すべきである。また、退職金については、生活費も控除すべきである。

なお、農業収入は、亡透のみならず家族全員の労働により得られるものであるから、その全額を亡透の収入とみるのは疑問である。

四  争点

本件事故により亡透及び原告らの受けた損害の有無程度

第三争点に対する判断

一  損害額

1  逸失利益

証拠(甲三の1、2、四ないし六、七の1、2、八、九の1ないし3、一〇、一一の1、2、一二ないし一五、一七、二〇、証人原澤智章、原告明子本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 給与収入等 五〇六六万九〇一三円

(1) 亡透は、昭和二六年二月一三日生まれの健康な男子であり、群馬県立利根農林高校を経て、群馬県立農業大学校を卒業後、一時東京の商社に勤務していたが、実家の農業を継ぐため、昭和五二年に帰省し、翌昭和五三年一月一日から水上月夜野新治衛生施設組合(以下「施設組合」という。)の主事補となり、昭和五六年一月一日には主事に昇格し、主として経理業務に従事していたところ、平成八年四月一日には係長に昇進する予定であり、また、本件事故に遇わなければ、満六〇歳に達した後の年度末である平成二三年三月末日まで同組合に勤務することができた。

なお、両親が老齢で力仕事ができなかったため、亡透が中心となって勤務の傍ら家業の農業に従事していた。

(2) 施設組合職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)によれば、職員の給料表は、職務の種類内容等に応じた職務級として一級から七級まであり、更に各級毎に一号俸から三二号俸(後記規則等にいう号給と同じ)まで段階的に定められており、職務級の四級は、係長、主査、主任の職務にあるものが対象とされる。

次に、施設組合職員の初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則(以下「昇給等規則」という。)によれば、職務級が三級から四級に昇格する場合には、昇格した日の前日に受けていた給料月額が特定号給表に定める号給(三級の場合には九号給)以上の号給であるときは、対応号給の二号給上位の号給とする旨定められ(同規則二一条一項三号)、更に職員組合との間で、「特別昇給運用は、昇格時に一号とする。」旨の合意書が取り交わされているところ、亡透の場合には、三級の一六号給であったことから、平成八年四月一日の時点では、四級の一二号俸となる。

ところで、給与条例五条四項によれば、職員が現に受けている号給を受けるに至った時から、一二か月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、一号給上位の号給に昇給させることができ、また、昇給等規則二五条二項三号によれば、昇格した職員が、「昇格した日の前日における号給を受けていた期間に相当する期間を短縮する。」旨規定されているところ、亡透については、平成七年一〇月一日から昇格前の三級一六号俸を受けていたから、昇格後の平成八年一〇月一日には、四級の一三号俸に昇給され、更にその後、毎年一〇月一日に一号俸づつ昇給されることとなる。

さらに、施設組合と職員組合との間で昇格運用基準に関し、「平成七年四月一日から、在職二二年で四級、在職三〇年で五級と運用する。」旨の合意が成立していたことから、亡透については、在職三〇年に当たる平成二〇年一月一日からは五級に昇格することとなり、前記昇級等規則の定めにより、五級二一号俸となる。

なお、給与条例五条四項によれば、五六歳以上の職員の昇給については、管理者が規則で定めるところにより、一八か月又は二四か月に延伸される旨規定されているため、亡透は平成二〇年一〇月一日に五級二二号俸に昇給した後は、少なくとも一八か月経過した平成二二年四月一日から五級二三号俸に昇給することとなる。

(3) 次に、各種の手当関係をみてみるに、亡透は、平成八年三月当時、両親及び子供三人を扶養していたところ、給与条例一〇条三項によれば、扶養手当として、配偶者以外の扶養親族については、そのうち二名につき各五五〇〇円、その余の扶養親族については、一人につき二〇〇〇円を支給するものとし(なお、子については満二二歳に達するまで支給する。)、その後の条例改正により平成一〇年四月一日から、扶養親族に当たる子が満一五歳以上に達しているときは、右手当に一人につき更に二五〇〇円を加算するものと定められている。

また、期末勤勉手当の支給に関しては、給与条例二〇条二項及び四項、二一条二項及び四項、施設組合職員の給与の支給に関する規則(以下「給与規則」という。)一三条の二によれば、職員の受ける給与の月額とこれに職務の級四級の場合には五パーセントを加算した額及び扶養手当の月額との合計額を期末勤勉手当基礎額とし、毎年六月に二・二か月分、一二月に二・五か月分、三月に〇・五か月分を支給するものと定められている。

(4) 平成八年四月以降の施設組合の職員に対して適用される給料表によれば、別表(1)記載の四級及び五級の各号俸における金額は、同表給料月額欄記載のとおりであり、そうすると、亡透が本件事故にあわなければ、平成八年四月から定年退職する平成二三年三月までの間の給与月額、扶養手当及び期末勤勉手当の総額として別表(1)の年間支給総額欄記載の給与(各種手当を含む。)の支給を受けることができたものと推認することができ、また、亡透は、平成七年度の農業収入として二六万五二〇〇円を得ていたので、少なくとも平成二三年三月までは同額の収入を得ることができたものと推認される。

(5) そこで、右給与等及び農業収入額から、生活費として三割を控除し、中間利息の控除につき、対応する新ホフマン係数を用いて本件事故当時の原価を算出すると、別表(1)のとおり五〇六六万九〇一三円となる。

(二) 退職手当差額金 七八二万九三〇〇円

(1) 昇給等規則二九条三号によれば、勤務成績の特に良好な職員が二〇年以上勤務して退職する場合には、あらかじめ管理者の承認を得て二号給以上の上位の号給に昇給させることができるものと規定され、施設組合では、右の場合には、二号給の特別昇給をさせるという運用が行われている。

(2) 群馬県市町村総合事務組合退職手当支給条例の六条一項及び同付則五四項によれば、亡透が定年退職した時点では、勤続年数が三三年三か月となるから、少なくとも前記特別昇給された給料の月額に支給率五九・四を乗じて得た金額をもって支給されるべき退職金額となる。

(3) そこで、右退職金の本件事故当時の原価を算出するに、新ホフマン係数を用いて中間利息を控除すると、別表(2)のとおり二二八七万四九四〇円となるところ、本件事故により亡透が死亡退職となったことに伴い、五二四万一四四〇円が支給されているから、これを控除すると、残金七八二万九三〇〇円が退職手当差額相当の損害となる。

(三) 退職後の収入等 七三八万八九二四円

(1) 亡透は、本件事故当時満四五歳の健康な男子であったから、本件事故に遇わなければ、施設組合を満六〇歳で退職した後も、少なくとも七年間は稼働することができたはずであり、その間、原告主張の男子労働者の六一歳の年平均給与額四四二万四四〇〇円を下がらない収入を得ることができたものと推認することができる(右は平成七年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の六〇歳ないし六四歳の男子労働者の年収額四六四万八九〇〇円よりも下回る。)。

(2) そこで、生活費の控除として四割を控除し、ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除して、原価を算出すると、次の計算式のとおり、七三八万八九二四円となる。

四四二万四四〇〇円×(一-〇・四)×(一三・一六三〇-一〇・三七九六=二・七八三四)

(四) 相続等

右によれば、亡透の逸失利益は、前記(一)ないし(三)の合計六五八八万七二三七円となるところ、原告明子は、同人の妻としてその二分の一である三二九四万三六一八円、原告知子らは、同人の子としてその六分の一である各一〇九八万一二〇六円をそれぞれ相続により承継取得した。

2  慰謝料

本件は、亡透が勤務先から自宅に帰宅する途中、当時雪道であったため、スタッドレスタイヤを装着して慎重に運転していたところ、突然被告がノーマルタイヤの加害車を運転して下り勾配の道を滑走して対向車線に飛び出してきて衝突したという事故であり、亡透としては、全く回避する余地もなかったものというほかなく、いわば被告の一方的で、また、自動車運転手としては基本的かつ初歩的な注意義務を欠いた極めて軽率な行為に起因した事故といわざるを得ず、被害者である亡透には何ら落ち度が認められないこと、本件事故により原告ら遺族が受けた精神的苦痛も甚大であること、その他本件に現れた諸般の事情を総合勘案すると、原告らに支払われるべき慰謝料としては、原告明子につき一二〇〇万円、原告知子らにつき各四〇〇万円、原告光次らにつき各一五〇万円と認めるのが相当である。

3  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

証拠(甲二〇、原告原澤明子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告明子は、亡透の葬儀を施行し、少なくとも一七一万二九七五円を下がらない費用を出捐したことが認められるところ、本件事故との相当因果関係にある損害は一二〇万円と認めるのが相当である。

4  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に請求しうる弁護士費用は、原告明子につき四〇〇万円、原告知子らにつき各一〇〇万円、原告光次らにつき各一〇万円と認めるのが相当である。

二  結論

右によれば、原告らの本訴請求は主文掲記の限度で理由があり、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 板桓千里)

別表(1)

別表(2) 退職手当額計算書

1 特昇 5級23号俸(379,200円)→5級25号俸(385,100円)

2 支給率 勤続33年3月→支給率59.4

3 手当額 22,874,940円(385,100*59.4)

説明

〈退職時の特昇について〉

・『職員の初任給、昇格、昇給等の基準に関する規則』第29条第1項第3号に基づく。但し、20年勤続以上、2号特昇で運用している。

〈支給率について〉

・市町村職員総合事務組合退職手当支給条例に基づく。

退職手当差額計算書

上記支給を受けるべき手当額から新ホフマン係数による15年の中間利息を控除すると

22,874,940円×0.5714=13,070,740円

よって差額は

13,070,740円-5,241,440円=7,829,300円

となる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例